自他一如とは

自他一如とは

 

最近になって思うことは、人の為に生きるとは、どういうことかと考えるようになりました。
山田無文老師のことばに、気づかされる事がありました。

 

それは、ある若い学生が聞いたそうです。

 

「自分は自分がわからない。自分とはいったい何でしょうか?」と。

 

老師は、「そうだな。まあ君は、これから少し自分のことを勘定に入れないで、何か人様のために一所懸命働いてみる、尽くしてみることだ。とにかく、一所懸命人様のために何かやって差し上げることだ。

 

そして、ああ良かったな、喜んでもらって良かったなと感じる自分がもしあれば、それこそ真の自分だ」と。

 

この無文老師の言葉というものの中に、自他一如の世界、仏心のあり方を実に平易に端的にお説きくださっています。人が生きるとは、こういう気持ちが大切なのですね。

 

そして、人とどう接していくかについても、年をとると、それはそれで悩める人は多くいます。無文老師が若者の可能性は、はかり知れないと思い、若者の悩みにも、ズバッと答えるのも、決して若者を侮らず、これからの人がいまの自分たちに及ばないなどと決めつけずに心で接する、そんな答えが、はたして、私にいえるだろうか。

 

人の為に生きることとは、自分をよく知ることとその中で、生ある限りを必死で生きることであると思った次第です。

 

「我を忘れて 人の為 まごころこめてつくすこそ 常に変わらぬ楽しみぞ」
延命十句観音和讃より